遺伝子型6分類法の嘘
極めて悪質で下品な優生思想
1.反ユネスコ主義の詩
インチキ・デタラメ・でっち上げ
優劣・歪曲・思いつき
偏見楽しや擦りつけ
差別が織りなす排除の論理
「反ユネスコ主義の詩」 暫定非営利活動邦人 血液型偏見差別研究センター
理事:天災管理人 2007年10月27日午前11時27分25秒
能見正比古はABO式血液型の表現型4分類(O・A・B・AB)を、遺伝子型で6分類(OO・AA・AO・BB・BO・AB)し、さらにO遺伝子の有無で2分類する。
その目的は、多数派に優越を与えるために、少数派に“異常”を割り当て、人間の気質を優・劣に区分するものである。
| 区分 | 遺伝子型 | 比率 | 人種 | 気質 |
| O入り族 | AO型・BO型・OO型 | 多数派:8割★ | 優等種 | 正常 |
| Oぬき族 | AA型・BB型・AB型 | 少数派:2割 | 劣等種 | 異常 |
| ★8:2は血液型人間学による人種差別の黄金比 |
最初に能見は、この遺伝子型6分類法について、次のように自画自賛する。
2.古川竹二(1932)のパクリ
1刷・198刷 p28
従来、血液型と気質との関連に興味を寄せた人は何人かあった。
しかし、みな、いまの技術レベルでは、ここまでと分類できるというだけの“一時的”なO・A・B・ABの四つの分類にこだわってしまった。
そのため、じっさいに気質を生む“理論的”な血液型、六つの遺伝子型に気質を対応させるという点を見落としてしまった。
ほほう、
遺伝子型6分類は能見のオリジナルで先行論文はないとな。
それでは「古川竹二著 『血液型と気質』 昭和七年(1932)一月三十日発行 三省堂」
★を開いてみよう。
どっこらしょっと。。。おやや〜ん。。p97-98に何やら気質表がありますぜ。
★古川竹二教授(教育学者)は1927年に「血液型と気質」に関連があるとする学説を発表し、各種の研究をまとめて1932年に「血液型と気質」を学術書として発表した。
現代の統計手法では成立しない統計であるが、当時のレベルでは一つの学説をなすものであった。
ここで古川は試行錯誤を重ねた結果、血液型の6分類法を試みている。
AAとBBを純型とし、AOとBOを雑型としている。
純型はAとBの気質表に分類されるが、雑型は気質の特徴として次のような記述がある。
古川 p97-98
(「血液型と気質特徴」を遺伝子型で6分類した表)
★
| 血液型 | A(O) | 気質ノ特徴 | 主Gr.A | 副Gr.O |
| 血液型 | B(O) | 気質ノ特徴 | 主Gr.B | 副Gr.O |
★少し分かりにくいので書き直す。
| AO型気質の特徴 | 主グループ:A型気質/副グループ:O型気質 の複合型 |
| BO型気質の特徴 | 主グループ:B型気質/副グループ:O型気質 の複合型 |
つまりAOの気質の特徴として、主はA型気質グループで、副はO型気質グループの複合型としている。
BOに関しても同様とする。
さらに脚注で説明する。
古川 p98-99
左表(気質表)
★のうち雑型のA(O)とB(O)とは、間接に遺伝上から明かにすることが出来るもので、凝集反応の上からは、A(O)はAに、B(O)はBに含まるることは、前述三章に説いた通りである。
★★
★括弧は管理人が解説のため挿入
★★新漢字で表記
ここで古川は、「雑型のAOとBOは親の血液型を調べることにより、明らかに出来るもので、血液型の検査技術上は、遺伝子型のAAとAOは表現型のA型に、BBとBOはB型に判定される」としている。
さらに古川はp99-105にかけて自論の血液遺伝子型6分類法を、各種の気質説と比較・検討
★している。
★遺伝子型6分類法の比較検討:1.活動様式 2.感情と意思の優劣関係 3.ヴントの「粘液質・憂鬱質・多血質」分類 4.デルタイの世界観「感覚人・英雄人・思省人」分類
古川は1927年に心理学研究2巻4号で発表した第一報の論文:「血液型による気質の研究」にて、既に遺伝子型6分類による気質の違いに言及しており、後続する論文で6分類法を完成させた。
従って
遺伝子型6分類法は、古川竹ニのオリジナルであり、
能見の先駆者宣言は嘘である。
内容はちょっと怪しいが、古川はAB型を「外面はB型的、内省はA型的」とし、その複合気質を解明した気質検査手法で、O型気質成分の有無を確認してAとBの純型・雑型を推察し、遺伝子型を調べて照合できたとしている。
対して能見はこのような証明を試みていない。学術書と通俗本の違い、学説と俗説の違いだ。
古川が6分類法を提唱したのには理由がある。
古川
右表(気質表)
★のうち雑型のA(O)とB(O)とは、現在までは遺伝上より間接に明かにすることを得るもので、凝集反応の上からは、A(O)はAに、B(O)はBに含まるるものである。今吾人(私)
★は、現在までは、と言ったが、この純型と不純型(雑型)
★との区別は、Correns や Darbishire 等の研究によつて、種々の場合に、明かにせられて居るので、血液型の場合もまた、天才者の出現によつて、恐らく近き将来に、究明せらるることと信じて居るからである。
★★
民族衛生3(1) P102 「血液型と精神現象」 東京女高師(東京女子高等師範)★、教育研究室 文学士 古川竹二 日本民族衛生協会 1931
★括弧は管理人が解説のため挿入
★★新漢字で表記
古川は近い将来にABO式血液型の遺伝子型6分類が、試薬で簡単に判別できる時代が来ると考えていたようだ。
さて、古川学説をパクリ、自分が先駆者と嘘をついた能見本に戻る。
Oぬき族に関して次のような珍説が展開される。
3.デタラメな数字の大嘘(優劣の構図)
1刷・198刷 p30
そこでこのO気質遺伝因子が含まれるか否かで、その人間の気質に、かなり大きな差を生ずる。
(中略)
AA型、BB型、AB型もO気質がないのではない。ただ、その“気質表現”が、著しく抑えられている状態と思ってもらいたい。
しかも、「O入り族はOぬき族に見られない、もうひとつ複雑で屈折した気質を表現する」としている。
ここで人間的表現能力の範囲に、優劣の構図が持ち込まれている事を確認する。
「優劣の構図」は血液型人間学を支える重要な概念の一つで、「優」を多数派に「劣」を少数派に割り当て、人間を価値付けるために多用される。
Oぬき族は、人間としての表現の範囲が狭い「劣」を割り当てられた。
A・Bの読者が自分を「劣」ではないかと心配せぬよう、能見は根拠のない数字でフォローをする。
1刷・198刷 p31
この本の読者なら、
九九・九%までは、血液型Aの人は、気質型はAO型、Bの人はBO型と断定してさしつかえない。★
★太字表示は原文のママ
読者を安心させようとしたのだろうが、何が99.9%だ!
俺は両親がAB型だから、BBしかないだろ!
高らかに6分類法を謳いながらも、本文中のA型は全てAOとし、B型は全てBOとしている。
つまり“99.9%”の意義は、O・AO・BO・ABの4分類法で自説を展開する為の詭弁にすぎない。
血液型別相性にしても上記の4種類の組合せだから、全部で10通りしかない(異血6+同血4=10)。
これにAAやBBを加え6種類にすると、相性は実に21通りもの組合せになるので、解説も理解も困難である。
能見は読者の99.9%がAOとBOでなければ困るのだ。
6分類法の血液型比率に関しては、デタラメな数字のオンパレードだ。
28ページではAA型を4%、BB型を4%としている。
これにAB型を11%とし、血液型比率に関して以下の説明をする。
1刷・198刷 p28
O入り族は八〇%以上と推定される。AA型、BB型は、恐らく図に示した数値(4%ずつ)よりまだはるかに少数であろう。
図に示した「4%」という数字は、即座に「4%よりまだはるかに少数」となる。
さらに「80%以上」、「4%よりまだはるかに少数」という数字は、巻末では「70%は下らぬ」、「5%以下」となる。
1刷・198刷 p278
かなり複雑な計算で、ここでは紹介することができないが、それでも私の言うO入り三派、OO型、AO型、BO型の総計が、少なく見ても七〇%は下らぬということは、諸学者たちもご賛成下さると思う。
私は更に、いろいろなファクターから考え合わせ、Oぬき三派は、多く見ても二〇%は越えぬと見ている。AA型とBB型は、日本では、それぞれ五%以下であろうと考えている。
能見は278ページで、古畑種基
★著「血液型の話」の書名をあげ、AB型夫婦の調査数を引用している。
古畑の同書にはAAとBBの比率を計算する公式
★★を掲載している。
東京大学工学部卒の能見が、中学生にも扱える計算を出来ないはずはない。
★法医学者:ABO式血液型の遺伝子型理論(三複対立因子説)を構築した、血液型学・血清学の世界的権威。
古川竹二と同年の明治24年(1891)生まれで、古川と同じく東京大学卒。
古畑の法医学会においては、各種の研究で古川学説を検討した。
古畑も学的興味から古川学説を見守るが、不成立とする研究結果が相次ぎ、最終的に科学的証明に欠けると疑問を呈した。
★★この公式に関して古畑は、「近代科学の特徴の一は、実験成績の上に数学的整理を加へて、理論的考察と、実験的事実が、全く合一することにある」とした。 民族衛生3(1) p75 1931
古畑の血液型分布率データ・公式から計算すると、AA=7.6%、BB=2.9%
★となる。
このように結果だけ示せばよいのであって、複雑な計算式の過程を紹介する必要
★★などない。
能見は故意に計算値を隠し、4%だの5%だのと
デタラメな数字を提示して大嘘をついている。
一体これは何なのか?
★古畑種基著「血液型の話」 (岩波書店 1962) p225-226:1961年の集計 n=1,148,623
O型=30.73% A型=38.09% B型=21.78% AB型=9.4%
p=2.76 q=1.7 r=5.54 にて計算した。
■B研は、1974年発表の大久保康人データ(1962-1973調査:n=1,181,584)を用いた。
AA=8.2% BB=2.9%
★★能見は1973年出版「血液型人間学」p64において、古畑が提示した複雑な計算式を披露する事なく、AA型7%強、BB型3%と表記した。
それでも「これはあくまで計算上の数値で、実数はもう少しすくないと私は見ている。」と根拠のない非科学的な妄言を吐いた。
日本人の気質を「優」としてA型に割り当てた構造で、「劣」を割り当てたB型より「Oぬき族」が多い事実を隠したのだ。
合計すれば10%位だから、セーフだと考えたのだ。
能見は「優劣の構図」で多数派に優越感を与えるマーケティグ戦略を優先し、科学が示した事実を歪めたのだ。
「諸学者たちもご賛成下さる」とするが、古畑の書を確認して
能見の嘘★に賛成できる学者などいない。
賛成どころか
古畑★★をはじめ多くの学者や医師達が、苦労を重ねて築き上げた学問(統計)を踏みにじる能見の行為に、
古畑周辺は激怒した★★★と思われる。
★「『嘘は人間最大の悪徳である』(古畑種基)先生が弟子どもの中で談笑される際、いつも特に声を大にして言われるのが、この言葉であった」
日本医事新報ジュニア版 No.147 p18 黒田直 1975
★★「血液型でわかる相性」は1971年9月15日に出版され、同年12月25日に古畑は脳血栓で倒れた。
朝日新聞は1972年3月21日に「法医学の神様」と表現し、古畑の回復の様子を伝えた。
病気療養中の科学警察研究所長の古畑を顧問に迎えるため、国家公安委員会は総理府令を改正し、特別顧問制度を設けた。
古畑の業績を称え、生存者では史上初の警察勲功章が贈られた。
★★★上記朝日の新聞報道の後に、能見は古畑に面会を求めるが、家族に断られた。
かなり不快だが、実はここまでは害があっても、「まだ」許せる範囲だ。
これから先が大変だ。
198刷が1刷を書き換えた部分を確認する。
4.精神障害・知的障害の利用(排除の論理)
198刷 p31
(両親の血液型の組合せと、出現する子の血液型表から)
第一群(O入り族の両親)にはAA、BBは出現しないから問題ではない。第四群(AB型の両親)は、すべてAAとBBだけだから、これまた問題ではない。(巻末で述べるように、この第四群の結婚に対し、私たちは目をつぶってい
括弧でくくった文章がここで途切れ、未完成のまま次の文章が始まる。
あまりの不自然さに読者は「???」である。
これは乱本の類ではないのか?
198刷は1刷から1行削除したのだが、文章の前半を残したままの杜撰な編集
★がなされる。
★1989年出版:第235刷(ISBN4-413-01101-5)では、括弧の文章が完全に削除された。
改訂版が何種類あるのか確認できないので、いつの時点で削除されたのかは不明。
1刷で文章の続きを確認する。
1刷 p31-32
(巻末で述べるように、この第四群の結婚に対し、私たちは目をつぶっていていいかどうか、はなはだ、考えこんでいるのだが……)
AB型同士の結婚では、Oぬき族の子が生まれるので、結婚を認めない★と言っているのだ。
★1933年に日本民族衛生学会が優生結婚相談所を開設するが、国民の関心は低く立ち消えになった。
ナチス政権下のドイツでは、1935年に「遺伝保護法」が可決され、優生学的結婚制限を設けた。
現代の日本の結婚相談所では、血液型による相手の選別が可能である。
能見親子の血液型優生学が喧伝された結果、現代の優生思想として血液型選別が日本社会に定着した。
理由としてAAとBBに関して大変なことを言い出す。
1刷 p32
一番困るのは“両親の血液型”を知らない人である。これは手掛りがない。
しかし、それであっても心配はいらない。気質型AA、BBの人だったら、どんな人が見ても“ひどく変わった”人か“異常”視されている人たちなのである。
AAとBBは異常群と異常予備群に分類される気質の保有者とする。
ここで能見は
AB型同士の結婚では異常気質保有者が出現するとし、
AA・BBはこの世に生を受けてはいけないと言っているのだ!
これは恐るべき優生思想である!!
能見がAB型とした加山雄三を選んだAB型女性に「相性は合いません」としたのは、この
デタラメ優生学を実践しようとしたのだ。
不幸にしてAB型の両親からこの世に生を受けたBB型の俺様としては、“異常”視される科学的根拠を是非とも求めたい!
能見の論を延長すると、AA・BBとABの結婚でも危険率は50%で同様だし、AA同士/BB同士の結婚では危険率100%で絶対に禁止となる。
ナチスもびっくりの血液型精神疾患遺伝説★だ。
★ドイツでは1927年に「カイザー・ヴィルヘルム人類学・人類遺伝学・優生学研究所」が国立研究機関として誕生し、ナチス政権下では民族と血液型の関係を研究した。
しかしナチスの政策やプロパガンダに利用できるような結果は得られなかった。
さて、これが198刷ではこのようになる。
198刷 p32
(一行目省略)
しかし、それであっても心配はいらない。気質型AA、BBの人は極端に少ないようで、それは単に遺伝の確率以上にAB型が世界的に少ないことに類似しているが、気質的にはある一部(巻末に説明)
★を除いてAO、BOに順ずる
★★(現在までの数少ない観測では、多少サッパリした感じ)
★と考えておいていいからだ。
★括弧文章の挿入は著者
★★「順ずる」はママ
日本語がおかしいが、息子の作だろうから仕方がない。
AA・BBが気質的にAO・BOに準ずるのであれば、「O入り・Oぬき」の2分類法は全くもって意味がない。
能見は第一刷出版後、そのあまりのデタラメぶりにAA・BBの読者から抗議を受け、「多少さっぱりした感じ」とデタラメの言い訳を取り付けたのだ。
巻末ではAAとBBに関して詳しい解説が始まる。
1刷・198刷 p279
私も白状するとAA・BBの観察の機会に恵まれない。推定される人は少なくないが、確認していない。
あ、そう。だったら黙ってろ!
1刷・198刷 p279
AA型の一部は外部に対し自分の心の防壁をおろしっ放しという姿勢だ。外見はもの静かで、ひどく行動性に乏しいだろう。いつも一点を見つめ静かにほほ笑みを浮かべているだろう。この人たちは、多く、宗教団体の中に集まっていることも考えられる。悪い場合には、よく農村などで“仙人”と呼ばれる奇人となるであろう。いつも動かぬ笑顔を浮かべて、空の一角を見つめて、村の決まった場所で日を暮らす。前を人が通っても、まったく気がつかないふうである。
観察の機会もなく確認もしていないのに、なぜこのような詳細を断定的に報告できるのか?
この報告は、
「AA型の一部は遺伝的に重度の障害を発現し、生活自立は困難である」と宣言するに等しい。
これは
貧困は遺伝するとか、犯罪は遺伝するなどと、遺伝の法則を恣意的に創作した、19世紀末〜20世紀初頭の迷信のような優生学そのものだ。
アナクロニズム(時代錯誤)
★も甚だしい。
これは人類が大変な経験を通じて積み上げて来た
「知」の体系に逆行する、人類に対する挑戦であり、反知性・反社会の立場から「血」を悪用したものだ。
アナクロニズムは血液型人間学を支える重要な手法の一つであり、別に詳細を検討する。
★1930年代には学術雑誌「優生学」が古川学説を優生学的に重要視し、盛んに検討を重ねた。
同誌より当時の状況を示す一節を引用する。
「只今のところ『優生学』は血液型研究雑誌になりきつた観がありますが『優生学』の領域で『血液型学』ほど体系を具備し広く社会に働きかけているものは他にありません」
優生学8(10) 「血液型研究消息・ノンストップ」 p45 日本優生学協会 1931
当時の日本では「古川学説で血液型を探れば何かが見つかる」と期待する多数の学徒が群がり、知見ゴールドラッシュの様相を呈していた。
やがて否定論が趨勢を占め、古川学説は消滅する。
能見親子は当時の学的意義を無視し、この時代に得られた非科学的データを悪用し、血液型に気質のレッテル貼りを行った。
これが血液型人間学のアナクロニズムである。
いったい、このAA型の症状は何であろうか?前後するが先行する本文で解説される。
1刷・198刷 p269
(追いつめられたAO型は自殺すると解説し)
自殺しないときは、分裂症
★となる。外部から見て自閉症状
★★を呈するのもAO型で、終日、一ヵ所に座り、一点を見つめ、人との話し合いに応じない。AA型と見た目はよく似た表現をとるのである。
★精神分裂症は、患者団体から名称改善の申し入れがあり、統合失調症が正式名称となる。
★★ここで言う統合失調症の「自閉症状」は、p280では「自閉症」となる。
言葉は似ているが、別に区分される異なる症状である。
こういう思いつきの言葉遊びに傷つく人も居る。
AA型には統合失調症の精神疾患があると言っているのだ!
論拠の有無とかデタラメの可否とかを超越して、能見は人間として守るべき一線を越えていないか?
能見はOぬき族を、「“気質表現”が、著しく抑えられている状態」と定義したので、「優」を割り当てたO入り族と比較して「劣」を決定づける為に精神疾患を擦りつけたのだ。
さらにデタラメは創作され、BB型の典型例が登場する。
1刷・198刷 p279
BB型の一部は反対に行動的である。他人がどう思おうと、どこ吹く風。花から花へ、鳥から鳥へと、さ迷い歩くだろう。私たちはこうした典型的人物を知っている。それは、先頃亡くなった放浪の天才画家山下清氏だ。
はぁ?1971年当時にDNA鑑定の技術はなかったし、山下清
★の親族の血液型を何世代にも遡る調査をしてBB型と鑑定したのか?
能見正比古の性格から考えて、科学的鑑定を実施して山下がBB型と判明したのであれば、その過程を大仰に自慢しながら解説するはずだ。
自慢してないところを見ると、能見正比古の性格から考えて、
鑑定もせずに勝手にBB型と決めつけたと思われる。
★戦前・戦後に空前絶後の人気を博した貼り絵の巨匠。
知的障害で八幡学園に入所し、芸術的才能を開花させる。
学園から逃走し放浪の生活を続けたり、学園に戻ったりと、出入りを繰り返す。
学園に戻ると、常人を超えた脅威の記憶力で放浪の日記を書き、見てきた風景を貼り絵で表現する。
日記の素朴で独特な文体の面白さと、貼り絵の不思議な魅力で、大衆から圧倒的な支持を得る。
作品展覧会において1日に4万人が詰めかけた百貨店では、建物の倒壊を恐れ、他の売り場を臨時休業して事態に対処したというエピソードもある。
山下は金銭欲や功名心を持ち合わせず、ただ自分のやりたい事に没頭しただけである。
取材の謝礼で新聞記者から差し出された千円札を突き返し、「三百円でいい」と言ったエピソードも残る。
特にこの点で、能見親子は山下の対極に位置する。
BB型気質を定義して山下清が引っ張り出されたように見えるが、設計は逆である。
山下の行動をBB型気質として定義し、山下本人がBB型の典型例として登場する。
墨絵のようなモノトーンのAA型気質と対比して、カラフルなBB型気質へと続くが、設計は逆である。
BB型に決めつけられた山下の動的な行動特性との対比で、AA型の行動特性は静的に設定され、先行して解説される。
こういう
メリハリの利いた対比の構造は、血液型人間学の製作手法の根幹をなす。
長所を持ち上げ、短所を極端に拡大し、性格特性
★のダイナミックレンジを伸張したステレオタイプ
★★化手法も多用される。
★性格特性の長所・短所とは、血液型人間学が決めつけた血液型別特性を指す。
★★特定の集団に対して、極度に単純化された認知を割り当てること。「A型は几帳面・B型は自己中」など。
さらに悪意は渦巻く。
1刷 p280
私は、氏の気質について、今後、さらに学びたいと思っているが、いまのところ断定に近く考えているのは、山下清氏は、単にBB型の標準的人間にすぎぬということである。
こうした、AA型、BB型の人々のうちの何人かが、精薄児といって、あるいは自閉症、障害児と呼ばれて、ときには“キチガイ”“バカ”
★などと罵られて、不当な扱いを受けているであろうことを想像すると、私は非常に抵抗を覚える。AA型、BB型の研究は、放置しておくことのできぬ問題であろう。
★蛇足であるが、これらの言葉は精神障害者やその家族を傷つけ、病の回復を阻害する差別用語であり、現代社会で良識ある人は使用しない。
この不当に品格の低い思想に、俺は非常に抵抗を覚える。
能見正比古・俊賢の研究は、放置しておくことのできぬ問題であろう。
現代の感覚すると、かなり違和感のある表現だが、1刷:1971年当時の人権意識としては許容範囲であった。1971年はね。198刷の1982年じゃなくて1刷の1971年はね。
前段(p279)ではBBの一部の典型が山下と言い、後段(p280)では山下がBBの標準と言う。
続けてAA・BBのうちの何人かが、山下と同じと言う。
他人の障害をウンヌンしている場合ではない支離滅裂ぶりだ。
どうやらAA型とBB型を無理矢理にでも統合失調症と知的障害
★にしたいらしい。
これではAB型同士の結婚は心配という訳だ。
★現代の正しい用語・用法を関係機関に確認した。
1.法律用語で精神薄弱という言葉は廃止され、知的障害に改正された。
2.医学の分類では精神遅滞だが、「遅滞」という表現に抵抗を感じる関係者も居る。
3.福祉的には知的障害を使用し、社会的には関係者の感情を尊重して、福祉的用法を用いる。
4.偏見に対する認識は個々人が違う文化を有するので、絶対的に正しい言葉は存在しない。
5.視覚障害者や聴覚障害者が自身を身体障害者とするか否かは、本人の判断による。
偏見解消に向けて常に言葉の改善が進んでおり、1971年当時の能見の表現は、現代においては差別そのものである。
現在では「障害」の「害」の字に抵抗を感じる関係者もおり、「障がい」と表記する文化が進んでいる。
(2007年9月現在 文責:俺)
しかし山下の知的障害は3歳の時に患った病気が原因であり、後天的な障害
★である。
そこに能見はBB型のレッテルを貼りつけ、先天的気質として決めつけている点が悪質だ。
★山下清の後見人的存在であった精神科医の式場隆三郎によると、山下は3歳の時に消化不良で動けなくなり、3ヶ月後に治ったが、それから吃音が始まった。
式場は山下の障害が先天的か後天的かを、3歳時の病気も含め遺伝要因・環境要因との複合要因で考察するが、結局は原因不明であるとする(1955)。
しかし一般的には3歳時の病気から、後天的とする認識が強い。
山下一名で全体を語るのが危険な行為であるのは自明の理だが、
能見親子の目には知的障害者の性格や個性は一種類に見えるらしい。
これぞ見事なステレオタイプの押し付けで、
一人の人間として個々の人格を持つ知的障害者の個性を否定するものだ。
「さすが血液型人間学!」と感嘆するほかない。
さて、198刷ではさらに知見を重ね、精神障害・知的障害の重症度も考慮されている。
198刷 p280
私は、氏の気質について、今後、さらに学びたいと思っているが、いまのところ断定に近く考えているのは、山下清氏は、単にBB型の一部の典型例にすぎぬということである。
こうした、AA型、BB型の人々のうちの何人かが、 <1刷の差別用語を連発するので削除> などと罵られて、不当な扱いを受けているであろうことを想像すると、私は非常に抵抗を覚える。平均的な社会人として立派に活躍しているAA、BBもかなりいるからだ。AA型、BB型の研究は、放置しておくことのできぬ問題だと思う。
山下の例が「標準」から「一部」に後退したが、やはり全体は血液型による遺伝性精神障害者・知的障害者とし、(優生学的に)放置できぬ(社会)問題だと提起される。
AAやBBの出現は、民族の質を低下させ、社会保障費の増大を招き、ひいては国力の低下を招く社会問題であると、お決まりの優生思想を連想させる。
その先の血液型結婚承認制や、DNA検査義務化や、断種法
★を完備する、究極の血液型管理社会へ邁進して下さいと。
★遺伝性とされる疾患を持つ者に避妊手術を施し、その子孫を絶つ法律。
その時代の政治的意図や社会政策に左右され、遺伝学的科学性の曖昧さや、運用方法の不透明さから、世界各国で悪夢の歴史を有する法律。
断種法は優生学的運用の他に、国によっては社会的・犯罪予防的・刑罰的運用がなされた。
ナチス・ドイツでは第二次世界大戦が始まると断種法から高じて、障害児の安楽死・特別食による餓死、精神障害者のガス室送りから、ホロコーストへと「発展」した。
「平均的な社会人として立派に活躍…」とは、遺伝的障害を前提にした確率論であり、その程度によっては平均的な活動が可能な者もいると解説する。
「平均的な社会人」であれば、その活動は平均的であるのだが、障害があるにも関らず平均レベルまで努力しているから「立派に活躍」という表現になる。
198刷は1刷の根拠のない優生思想を拡大して、
AA型・BB型の全員に精神障害・知的障害があるとし、その重症度と社会生活能力まで解説する。
31ページで「A・B読者の99.9%がAOとBO」と断定する理由は、
「AAとBBは文字を読む能力がない★ので、能見本の読者にはなり得ない」としていたのだ!
★言うまでもないが、多様な形態を一括りにする理論は必ず破綻する。
山下清の日記の素朴な文体が、世間から高い支持を得た事実がある。
この点からも能見の「99.9%説」は、99.9%破綻している。
能見親子は障害者に向かって「やっぱお前B型?」とか非人間的な調査をしたのであろうか?
「いや、A型」と答えたら、「あ〜それってAA型だよ!」と非人間的に鑑定をしたのであろうか?
ABO式血液型遺伝子にメカニズムの違う精神障害・知的障害の発現を発見したのであれば、世界を駆け巡る大ニュースだが?
能見親子は根拠もなく、障害者に血液型のレッテルを貼りつけ、血液型で障害者のレッテルを貼りつける、極めて悪質で下品な優生思想を社会に流布している。
障害に苦しむ方や、その家族に、「その血液型じゃー仕方ないね」と言うつもりであろうか?
両親の血液型の組み合わせで、子供の「生まれが悪い」とでも言うつもりであろうか?
現実に息子の能見俊賢は、この悪書を絶版するでもなく、該当部分を削除するでもなく、増刷
★を続けたのを考えると、どうやらそう言いたいらしい。
★紀伊国屋のデータベースによると同書は1986年に絶版となるが、書籍コードを変えて出版を継続した。第241刷を入手したとの情報もある。この書に幾つの書籍コードがあり、各書の発売日・絶版日はいつであり、何種類の改訂版が出ているのか、実態は不明である。
該当部分を削除すると、遺伝子型6分類法を唱える説が成立しないので、能見親子の選択は絶版しかなかったのだが、金儲けを選択した。
同書は同一内容でタイトルを変え、「【血液型】ピタリわかる相性」として1999年に再出版された。
235刷から4ヶ所を変更し、39名の人物を入れ替え、例証・理論の110ヶ所を削除したが、遺伝子型6分類法は1971年の嘘の数字を添え、反社会的デタラメ理論をそのまま維持した。
こういう
デタラメでも繰り返す事により、社会的現実となる危険がある。
事実、
能見俊賢によるB型劣等説の憎悪宣伝が、
B型を社会的に劣等地位へと追いやった。
能見俊賢はさらに思想を高め、「血液型の世界地図」(青春出版社 2006)では、能見が決めつけたB型の性格と、多動性障害
★の特性を列挙し、それらは合致する
★★と、B型に障害者のレッテル貼り
★★★を示唆
★★★★している。
★注意欠陥・多動性障害(AD/HD)や学習障害(LD)は、発達障害とされる。
2003年度:文部科学省が教育支援ガイドラインを発表、2005年度:発達障害者支援法を施行、2007年度:改正学校教育法の下、特別支援教育を実施。
文科省は「特別な支援を必要とする小中学生」は6.3%とし、国を挙げての取り組みが進みだした。
多動性障害は中枢神経系の機能障害と推定される障害であり、性格の問題ではない。
それでもB型の性格とするのは、能見俊賢の知性の問題である。
★★「とまあこんな具合で、多動性障害として異常視されたり、病気として扱われてしまう傾向のほとんどが、B型的習性ということになってしまう。」
血液型の世界地図 p106 2006
★★★「ズバリわかる!血液型性格BOOK」(西東社 2006)p75では、B型の特徴として「そそっかしいので不注意によるケガにも注意してください」としている。
これはADHDを診断するDSM-W−TRの基準にはないが、医師がADHD診断の目安とする一つの基準である。
障害は血液型人間学にとり「面白おかし」のネタであり、B型とともに嘲笑する対象であるらしい。
■ ちなみに能見俊賢が最初に就職(1970-1972)した日本文化科学社は、幼児教育や情緒障害児教育を対象にした出版社であった。
★★★★「示唆する」とは、能見俊賢独特の読者に悪い印象だけが残るように操作した文章手法で、B型だけに使用される。
別に特集し、血液型人間学によるB型の非人間化手法を読み解く。
日本からショパン・コンクールに出場した盲目のピアニストが、現地でミニ・コンサートを開催し、冒頭で聴衆に語った。
「
不幸にして皆さんは、目が見える」
山下清も同じ事を教えてくれるのだが、能見親子に人間を読み解く意思はない。
それどころか
障害者の障害を商利用し、人間に優劣のレッテル★を貼りつける道具に使用した。
次に能見説の起点を確認する。
5.血液型アパルトヘイト(4分類法の確立)
1刷・198刷 p22
(血液型と気質の関連を証明する研究方法)
私の方法は、遺伝学の方から、アプローチしようというものである。そして、この数十年間、数にすれば、何千人になるか知らないが、たくさんの人々と、その相性による反応を拝見させていただき、それを資料として、無数の気質模型を作ったり崩したりして、私なりの理論を組み立てて来た。
ここで注目するのは、「遺伝学」という言葉と「何千人」という数字だ。
日本人の場合、AA型は8%、BB型は3%の比率で存在するので、合計11%となる。
つまり能見正比古は何千人の11%である、何百人のAA・BBの観察を実施したことになる。
何百人ものAA・BBの被験者に接しながら、遺伝子のホモ接合(AA・BB)とヘテロ接合(AO・BO)の判別もできない「遺伝学の方」で、根拠もなく精神障害者をAAに、知的障害者をBBに仕立て上げ、人間を語る領域である本文から排除し、巻末の特設コーナーに隔離する、
血液型アパルトヘイト(人種隔離政策)が完成した。
人間を「優秀な種」と「劣等な種」に分断し、「劣等な種」とされた
ユダヤ人をゲットーに押し込んで街から一掃したナチスの優生学・人類学と同じ原理だ。
あまりに素晴らしすぎて声も出ないが、指は動くのでタイプを続ける。
能見は6分類法だと相性の組合せが21通りになり説明が出来ないので、4分類法に絞り込む必要があった。
そこで少数派であるAA・BBの排除を画策し、根拠のないレッテル貼りを施し、
健常者と障害者が住む領域を本文と巻末に区分した。
ホモとヘテロの判別が出来ず、古川竹二がその違いを詳細に解説した気質表を作らなかったので、根本的に説明が出来なかったのだ。
要するに
遺伝子型6分類法は最初から崩壊していたのだ。
それを繕うために
根拠のない偏見を押し付け、少数派を排除しなければならなかったのだ。
能見式遺伝子型6分類法は、
嘘や差別の支えなくしては成立しないインチキ理論なのだ。
血液型人間学
★は、考えれば考えるほど、
二重、三重の意味で気分が悪くなる差別産業だ。
★「血液型でわかる相性」は1971年出版であり、この時点では血液型人間学を名乗っていない。この書を前身に、1973年に「血液型人間学」を出版した。しかし、この書は1982年に改訂されているので、血液型人間学による改訂と見なし、血液型人間学とした。
6.学問の道・疑似学問の獣道(ユネスコ主義と精神)
古川竹二から続く道は、学問に続く道と疑似学問に続く獣道の、二本に分かれた。
疑似学問の獣道は古川学説を改悪した能見親子の、差別産業と化した商業路線だ。
1973年
★出版「血液型人間学」で能見は、1971年の根拠のないデタラメを補足・強化し、科学を宣言する。
★1973年:社会では「トイレット・ペーパーが無くなる」とデマが流れ、デマに乗せられた人々が商品を求め、小売店に長蛇の列をなした。
そういうデマが成立する時代であった。
五島勉著:「ノストラダムスの大予言」が大ベストセラーになった年でもある。
「血液型の異常はあるか」
気質観察から予想すれば、O型質不足の人は、非常に感情の激変しやすい傾向となり、衝動的な人格になりはしないかと思う。
濃すぎる場合はどうか?A型質が濃すぎると、恐らくは、いわゆる自閉症状に近い形になるであろう。B型質が濃すぎれば、行動が軽躁になり、倫理性に乏しくなる。記憶力にも影響がありそうに思える。O型質が濃すぎた場合は、漠然とした直感であるが、分裂症状と関係しそうな気がする。
もちろん、このような異常性の遺伝は、実際にはごくすくないに違いない。ただAA型、BB型、AB型の場合は、その遺伝子型から考えて、A型質B型質が濃くなる機会が、いくらかは多くなることが理論的にも考えられる。AB型でAとBが共に濃すぎたらどうなるかも、難解な推理だが、動揺常ならなくなるか、不安が絶え間なくなるか、嫌人症が強まるか、極端なむら気になるかの何れかであろう。
私は前著『血液型でわかる相性』でも、この血液型異常症に対する懸念をあげたが、表現が不足して、誤解された人があったことに恐縮している。「AA型、BB型の中のいく人かに」このような心配があり得ると述べたのだが、AA型BB型の大半がそうであるようにとられた読者もあり、申しわけないことであった。
血液型人間学 p64-65 能見正比古 サンケイ新聞社出版局 1973
これまた突っ込みどころ満載の文章で、血液型人種主義の上塗りのような失態を重ねる。
「血液型の異常・異常性の遺伝・血液型異常症・遺伝子型」 による
「気質・感情・人格・傾向・行動」 は
「観察・予想・懸念・難解な推理・漠然とした直感だが」
「非常に・恐らく・いわゆる・もちろん・実際には・理論的にも」
「激変しやすい・衝動的な」
「自閉症状・行動が軽躁・倫理性に乏しい・記憶力に影響・分裂症状・動揺常ならなく・不安が絶え間なく・嫌人症が強まる・極端なむら気」 が
「濃すぎる・近い形に・ごくすくない・いくらかは多くなる」 と
「なりはしないかと思う・なるであろう・ありそうに思える・関係しそうな気がする・違いない・考えられる」
能見正比古の症状は1971年よりも悪化している。
謝るふりをして自論を補強する悪質さを分析したいが止めておく。
能見親子の根拠なくその場で思いついた嘘に対する検討は十分に重ねた。
ここでは視点を変えて、能見の思想を読み解きたい。
人間に血液型の違いがあるのは科学的事実だが、能見がでっち上げた遺伝子型6分類法は、誰が見ても論外のデタラメである。
これはいったい何なのか?
差別をどのように考えるか 1.差異と差別
(人の差異が差別に直結している訳ではないが、)
問題は、メンミ
★も論じているように、差異に一定の価値づけを与えること、価値判断を含ませること、差別者が有利に被差別者が不利に、差別者が優れ被差別者が劣っているように価値づけを行うことにある。
差異が現実に存在しなければ、差別者は差別に利用するがために差異をでっちあげるのである。
かくて、貶下して価値づけられた差異、特徴が、被差別者の劣等性、異常性、不浄性などを示すものとして、一般化され、絶対化される。
被差別者の姿は否定的なもの、しかも普遍的、絶対的に否定的な姿とされるのである。
新版 日本の差別・世界の差別 p9-10 村田恭雄 明石書店 2000
★アルベール・メンミ 1964
「人種差別とは、現実の、あるいは架空の差異に、
一般的、決定的な価値づけをすることであり、
この価値づけは、告発者が自分の攻撃を正当化するために、
被害者を犠牲にして、自分の利益のために行うものである。」
人種差別 p4 法政大学出版局 1994
メンミの言葉も、村田恭雄氏の解説も、そっくりそのまま能見の血液型人間学を解説したものだ。
つまり我々は今ここで、
血液型の違いにより人種差別が発生する現場を目撃しているのである。
劣等性・異常性の設定は、発言力が弱い少数派であるが故に割り当てが出来る否定的な姿であり、
多数派に「優」の利益を与える人種主義の基本である。
「優」を与えるには、「劣」が必要なのだ。
「劣」がないなら、「劣」をでっち上げるのだ。
血液型人間学は「劣」を必要とする劣等な思想であり、
被害者を必要とする異常な人種主義であり、
少数派を否定し排除するための「自称:学問」なのだ。
能見は古川竹二著「血液型と気質」(1932)を利用したが、ここに古川が著書で唱えた訓育の精神は見当たらない。
古川は血液型を指標として、教育に生かす方法を模索した。
古川は
排除の論理を構築したり、自説を
社会的差別に応用しようとしたものではない。
能見は対極の立場から
古川を悪用した。
また能見は古畑種基著「血液型の話」(1962)を利用したが、ここに古畑が著書で解説した科学は存在しない。
古畑は出勤前のわずかな時間を利用して書き溜めた書を、一般市民が購入できる岩波新書で発表した。
正しい科学知識を社会に普及したいと願う古畑の思いは逆手に取られた。
能見は自著で古畑に謝意
★を表明するが、
古畑の名前を利用して自著に権威付けを施す、
悪質な謝意である。
★1971 「血液型でわかる相性」出版 p283 古畑に謝意を表明。
1972 病気療養中の古畑に面会を申し込むが、丁重に断られる。
1973 「血液型人間学」出版 古畑への謝意が消える。
能見の思想が社会の隅々に行き届いた場合、どのような社会が出現するのか、考えただけで恐ろしい。
一体このような
根拠のない差別の発生を許すとは、1971年はどういう時代であったのか?
時代背景を調べると今日の血液型人間学に対抗する、興味深い声明を見つけた。
1967年にユネスコ
★が発した「人種と人種的偏見に関する声明」
★★だ。
世界16カ国
★★★から18人の学者ら
★★★★が参加して作られた。
★国際連合教育科学文化機関:UNESCO:United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization
★★"Statement on race and racial prejudice" 文献リストに声明をリンクしたが、文字が読み難いので
HTMLでスクリプトを起こした。
★★★スーダン・フランス・ブラジル・ジャマイカ・アメリカ・ソ連(ロシア)・ユーゴスラビア・ケニヤ・イスラエル・ベルギー・ポーランド・セネガル・イギリス・キューバ・日本・インド
★★★★社会学者・法学者・社会心理学者・民族誌学者・歴史学者・遺伝学者
この声明は、
国連の世界人権宣言(1948年12月10日)を訴え、植民地主義の残骸である人種的不平等・反ユダヤ主義の歴史に反対し、人間を人種に分類する行為に対して警鐘を鳴らし、貧困撲滅に向けた社会制度の改革・差別解消を図る学校教育の改革・マスコミのあるべき姿勢を提案し、科学的人種主義
★に対抗するものである。
★この立場に立つ者は、科学的事実を根拠に、非科学的理論を展開し、人種主義を推進する。
ユネスコの人種的偏見に対する声明は、1950年の会議を起点に数度の改革を経て続いている。
1967年版の全文は19条あるが、
科学的人種主義に関する条文を抜粋する。
第1条
‘All men are born free and equal both in dignity and in rights.’
This universally proclaimed democratic principle stands in jeopardy wherever political, economic, social and cultural inequalities affect human group relations. A particularly striking obstacle to the recognition of equal dignity for all is racism. Racism continues to haunt the world. As a major social phenomenon it requires the attention of all students of the sciences of man.
「全ての人は生まれながらにして自由であり、尊厳と権利において平等である」
この全ての事柄に通じるように宣言された民主主義の原則は、政治的・経済的・社会的・文化的不平等が人間集団の関係に影響するところでは、危機に瀕する。
全ての人へ平等な尊厳の承認を著しく妨害するのは、人種主義である。
人種主義は世界に出没し続ける。
重大な社会現象として、人類の科学に携わる者の注意を要する。
第2条
Racism stultifies the development of those who suffer from it, perverts those who apply it, divides nations within themselves, aggravates international conflict and threatens world peace.
人種主義は、差別に苦しむ人たちの進展を台無しにし、差別をする人たちを間違った道に導き、自らの国民を分断し、国際紛争を悪化させ、世界の平和を脅かす。
第3条 (b)
The division of the human species into ‘races’ is partly conventional and partly arbitrary and does not imply any hierarchy whatsoever. Many anthropologists stress the importance of human variation, but believe that ‘racial’ divisions have limited scientific interest and may even carry the risk of inviting abusive generalization.
人間の種類を「人種」に区分するのは、半ば習慣的で、半ば自分勝手な考えで、どんな社会的階層や何をも意味しない。
多くの人類学者は、人間の多様性の意義を強調する。しかし人類学者は、「人種」分類は科学的関心に限られており、それどころか侮辱的な一般化を招く危険に至りかねないと考えている。
第3条 (最終文章)
Racism grossly falsifies the knowledge of human biology.
人種主義は、人間についての生物学の知識を大きく偽る。
第4条
The human problems arising from so-called ‘race’ relations are social in origin rather than biological. A basis problem is racism, namely, antisocial beliefs and acts which are based on the fallacy that discriminatory inter-group relations are justifiable on biological grounds.
いわゆる「人種」関係から起こる人間の諸問題は、生物学的というよりも、むしろ社会的な原因である。
問題の根源は人種主義、すなわち、差別的に集団相互の関係を生物学的理由で正当化する、誤った考えを基盤にした反社会的な信条や行動である。
第19条
Racial prejudice and discrimination in the world today arise from historical and social phenomena and falsely claim the sanction of science. It is, therefore, the responsibility of all biological and social scientists, philosophers, and others working in related disciplines, to ensure that the results of their research are not misused by those who wish to propagate racial prejudice and encourage discrimination.
今日の世界の人種的偏見や差別は、歴史的・社会的現象から起こり、科学的事実を偽って主張する。
従って全ての生物学者・社会科学者・哲学者や、関係する分野の専門家は、人種的偏見の宣伝を望む者に研究結果が悪用されたり、差別を助長させないよう、確実にする責任がある。
ユネスコ声明と能見親子の血液型人種主義は、明白に対立する。
能見親子の立場は反ユネスコ主義であり、血液型人間学は人類の平和と繁栄に挑戦する反知性・反社会・反人類的存在である。
1973年7月に「血液型人間学」は出版されたが、早くも同年12月には科学誌:「科学朝日」が初の反論を表明した。
統計検定で能見説を否定し、科学的手続きの不在から能見説をエセ科学と断定した。
ユネスコ声明の精神は健全に生かされた訳だ。
しかし同記事で能見は科学を宣言する。
科学的人種主義宣言
(能見正比古発言)
「手相なんかの占いのたぐいと,ごっちゃに考えるの。れっきとした科学だよ,これは。血液型をテーマに,人間を追及した。その科学の問題に,゛信じる、゛信じない。
★ということばは,使ってほしくない」(中略)
「からだを構成している物質が,まったく違うわけですよ。それによって,体質や気質が異なるのは当然。要するに,生化学的に分析するわけです。そのうえ,延べ15万人のデータを数学的に扱いましたからね」(中略)
(記者の結論)
個人の性格を調べる心理学は,統計や臨床実験によるのが常識なのに,その両方ともがきちんとできていのはエセ科学に違いない。
★★
科学朝日 1973年12月号 p44-46 「血液型で人間が判断できるか?」
能見正比古インタビュー 朝日新聞社
★表記は原文ママ。
★★能見は血液型愛情学(サンケイ出版1974)p275-276 で、この記事に反論した。
1.「碁打ちにはAB型が多い」といっているが、拙著にはどこにも、そんなことは言っていない。
⇒ × 血液型人間学p27-30で「B型は将棋で、碁はOとAB」とし、アマではAB型の活躍が目立つとした。
2.科学朝日はデータを取り違えてカイ自乗検定をしており、お粗末である。
⇒ ○ 確かに科学朝日はデータを取り違えており、これは能見が正しい。
3.インタビューは内容的に全くでっち上げで、「れっきとした科学」などと言うわけがない。
⇒ △ 別章で一覧するが、後に科学宣言を連発しており、どちらが正しいか大きな疑問である。
■ 根拠のない差別思想をでっち上げる。
⇒社会的階層を設定し、少数派を排除する人種主義
■ 科学や統計を都合の良い部分だけ引用し、都合の悪い部分はデータ(説)を無視する。
⇒他人の科学的実績で、自論の科学性を根拠づける科学的人種主義
■ たくさん統計したから科学を宣言する。
⇒科学的手法・手続きを無視した妄言
古川竹二から能見親子に続く道は、獣道と化し、科学的人種主義・反ユネスコ主義へと「発展」した。
能見正比古の没後(1981)、息子の俊賢が血液型優生思想・血液型差別産業・科学的人種主義・反ユネスコ主義を引き継ぎ、ビジネスへの応用論(1984)を唱えだした。
ついにもって生まれた血液型が、人間の能力に社会的階層を与え、人生を左右する時代に突入したのだ。
1980年代中盤は、従来の心理学者に加えて、医師・精神科医・人類学者・法学者らが血液型人間学に異を唱えた。
1967年のユネスコ声明は、健全なる精神を宿すものにとって、人類普遍の法則だと言ってもよい。
能見親子の血液型人間学への反論は、この時代が一番多い。
その中から古川竹二へと繋がる、学問の道を発見した。
“A、B、Oの型の違いが性格に結び付く”証拠はない
ヒトの個体差の変異の著しいいわゆる性格も、身体形質と同じように遺伝的特性であることはいうまでもありません。
このような精神的な形質も突きつめていけば遺伝子にまでさかのぼることができるに違いありません。
そして、原理的には身長や体重と同じように、多数の遺伝子によって支配される多遺伝子遺伝をする形質であると考えられます。
この多遺伝子の一つがABH関連遺伝子
★であるのか、ABO遺伝子座のすぐ近くに性格を支配する遺伝子座が位置しているのか、など作業仮説としては考えられるとしても、その証明にメドはありません。
そこで、これまでにのべてきた物として取り扱えるようになった型物質の遺伝、免疫、生化学の研究から総合判断した場合、A、B、O遺伝子のデオキシリボ核酸(DNA)、遺伝子の作る糖転移酵素のたんぱく質、赤血球や粘液の糖鎖の末端に結合している糖のいずれを比較しても、性格と関連づける積極的な証跡となるものは何もありません。
また、ヒトの精神活動の中心である脳に特にABH型物質
★が少ない
★★ことは、生理的な存在意義も評価しにくいのです。
暮らしと健康40(8) p47 「性格と血液型の関係を型物質からみると“関連なし”」
群馬大学医学部法医学教授:古川研 保健同人 1985
★ABHとは、ABOのこと。H型=O型である。
★★ABO式血液型物質の量:脳内8% (各種臓器の中で一番少ない)
この記事は1985年に書かれているが、2003年に
ヒトゲノム計画が完了した。
「血液型と性格」の遺伝子に関する解説は、ネット上の
NATROM氏の
遺伝学からみた血液型性格判断で確認されたい。
性格のような複雑な形質が、ABO式血液型の一つの遺伝子座により決定されないとしている。
この記事を執筆された
古川研氏は、
群馬大学名誉教授の法医学者であり、
古川竹二教授(東京女子高等師範学校・現お茶の水女子大学)のご子息である。
ここで古川研教授は医学の立場、つまり科学の立場から血液型と性格の関連を否定されている。
血液型で就職が決まるような時代の風潮に、
ユネスコ声明の精神から釘をさしたのだ。
古川研教授が古川学説に疑問
★を呈した法医学
★★の道を選び、科学の観点から再び古川学説の根幹を否定するとは、どれだけ凄い出来事であろうか。
教育学者であった古川竹二教授が「血液型と気質」の書で唱えた訓育(教育)の精神は、古川家におかれては
科学の道★★★へと繋がっていたのである。
★古川が5年の歳月をかけてまとめた「血液型と気質」を出版した時(1932)には、既に古川学説は不成立とする多くの論文が発表されており、古川学説の終焉が見え始めていた。
生理学研究10巻2号(1933年2月)p75-76にて、京大医学博士:小南又一郎は古川の功績を称え、「価値ある否定」と訴えた。
「同君(古川竹二)の研究は面白い所に眼をつけたといふ処に非常な功労があるのであります。(中略)
他学者の研究によつて、古川氏学説の結論がネガチーフに終つたからといつて、決して同氏の研究が無意味に終つたといふものではない、例へば古川竹二氏が然ういふ説を出して研究者を刺激し、沢山の研究題目を与へたと言ふだけでも、古川氏の学界に於ける功績は一分も減つて居らない。」
★★昭和8年(1933)3月28日・第18次日本法医学会で古川学説の否定論と肯定論が激突し、これを境に学界での古川学説の研究は消えて行く。しかし世間では俗説化して生き残った。
★★★古畑種基の500ページに及ぶ大書「血液型学・改訂第2版」(医学書院1966)には、古川研の論文:「Bm型の家族例について」が収録された。
古川学説(1927)から40年の時を超え、古川研は科学で血液型学の体系化に貢献し、古畑種基らの科学に合流した。
古川竹二が存命していたら(1940没・享年49)、これ以上の喜びはなかったであろう。
父生誕百年に際して
池本博士(自治医科大学)
★らは、血液型遺伝子の染色体座位などをつぎつぎに解明しておられるし、石山c夫博士
★らはDNAの塩基配列を直接調べる方法などをも開発され、犯罪捜査や犯人の確定、親子鑑定などに、たいへんな威力を発揮している。
科学の進歩のめざましさには驚嘆させられるばかりである。
その一方で、今でもなお、ABO式血液型の判定の経験すらない者が、性格との関連、相性、職業適性などとの関連を云々し、何の科学的根拠もなしに妄言を吐き続けている。しかも、それが一般世間の関心をよんでいるとは。何とも悲しむべき現実の一面であることか。
道―父・母・私 p54-55 古畑和孝 学芸図書 1992
★法医学者
「ABO式血液型の判定の経験すらない者」は、ABO式血液型遺伝子のホモ接合(AA・BB)とヘテロ接合(AO・BO)の判別すら出来ず、
判らないモノは差別するという暴挙に出た。
職業適性に関しては、
妄言ならぬ暴言を繰り返した者がおり、別に特集する。
「何とも悲しむべき現実の一面」には、
俺も加担したので耳が痛い。
この文章を執筆された
古畑和孝氏は、
東京大学名誉教授であり、
東大退官後の現在も心理学の教授として社会心理学の開拓に邁進されている。
古畑和孝教授は、古畑種基教授のご子息である。
古畑家におかれては、法医学の道は社会心理学の道へと姿を変え、
学問の道は続いている。
★
★古畑和孝は実に55年に渡り学徒の道を歩み、2008年2月に帝京大学の教壇を降りた。
古畑家の留学の歴史には、常人の及ぶ所ではない大きな物語があるのだが、長くなるので別の機会に譲りたい。
ユネスコ声明の精神は、健全なる精神を宿す者にとり、人類普遍の法則であることを三度確認し、
先人の英知に感謝しつつ、第二報を閉じる。
7.まとめ
1.能見正比古は古川竹二の遺伝子型6分類法をパクって、自分の業績にした。
2.能見正比古は古畑種基の科学を偽り、多数派に優越感を与える嘘をついた。
3.能見正比古は障害に血液型を擦り付け、血液型異常症とした。
4.能見親子は根拠もなく、極めて悪質で下品な優生思想を社会に流布した。
5.能見親子は障害者の障害をネタとして扱い、面白おかしで嘲笑した。
6.能見親子は科学を自称し、反ユネスコ主義の立場から科学的人種主義を推進した。
7.教育学者:古川竹二教授のご子息、古川研教授におかれては、法医学で科学の道を邁進された。
8.法医学者:古畑種基教授のご子息、古畑和孝教授におかれては、社会心理学の道を邁進される。
9.の・・・(略)
8.文献リスト
= 関係者の遺伝子型6分類一覧 =
| ■ 能見正比古 | 父O × 母B = BO型 | |
| ■ 能見俊賢 | 父不明 × 母A = A?型 | 他人に差別を強制する前に、己の立場を明白にすべき |
| ■ 管理人 | 父AB × 母AB = BB型 | |
= 参考通俗本 =
■ 血液型でわかる相性 能見正比古 0200-110100-3822 第1刷 青春出版社 1971
■ 血液型でわかる相性 能見正比古 0200-110105-3822 第198刷 青春出版社 1982
■ 血液型でわかる相性 能見正比古 ISBN4-413-01101-5 第235刷 青春出版社 1989
■ 【血液型】ピタリわかる相性 能見正比古・能見俊賢 青春出版社 1999 (上記通俗本の文庫版)
■ 血液型の世界地図 能見俊賢 青春出版社 2006
■ ズバリわかる!血液型性格BOOK 監修:能見俊賢 西東社 2006
■ 血液型人間学 能見正比古 サンケイ新聞社出版局 1973
■ 血液型愛情学 能見正比古 サンケイ出版 1974
■ 血液型ビジネス読本 能見俊賢 実務教育出版 1984
= 参考文献 =
■ 心理学研究2(4) p612-634 「血液型による気質の研究」 古川竹二 日本心理学会 1927
■ 民族衛生3(1) P98-114 「血液型と精神現象」 古川竹二 日本民族衛生協会 1931
■ 血液型と気質 古川竹二 三省堂 1932
■ 性格心理学研究3(1) p51-65 古川竹二の血液型気質相関説の成立を巡って:大正〜昭和初期におけるある気質論の成立背景 佐藤達哉・渡邊芳之 日本性格心理学会 1995
CiNiiで入手可能
■ 十全会雑誌38 p1477-1491 「金澤市新竪町小学校児童ノ血液型調査並ニ血液型ト気質トノ関係ニ就テ」 正木信夫・越後一雄 金澤医科大学 1933
■ 生理学研究10(2) p73-79 「血液型研究の現勢と其実施方法」 小南又一郎 国民生理学研究会 1933
■ 民族衛生3(1) P70-79 「血液型研究の進展と国際的協力の必要」 古畑種基
日本民族衛生協会 1931
■ 血液型研究2(4) p175 「血液型と体質」 古畑種基 大阪血液型研究所 1933
■ 民族と血液型 古畑種基 村松書店 1948
■ 血液型の話 古畑種基 岩波書店 1962
■ 血液型学・改訂第2版 古畑種基 医学書院 1966
■ 朝日新聞 「法医学の神様 第一線を引く 科警研の古畑さん」 1972年3月21日
■ 日本医事新報ジュニア版 No.147 p18 「わが師・わが友 古畑種基先生」 黒田直 1975
■ 追想 古畑種基 編集:古畑和孝 珠真書房 1976
■ 道―父・母・私 古畑和孝 学芸図書 1992
■ 血液型と輸血検査 第2版 大久保康人 医歯薬出版 1997
■ 優生学6(9) p7-9 「血液型による気質」 古川竹二 日本優生学協会 1929
■ 優生学8(10) p45 「血液型研究消息・ノンストップ」 日本優生学協会 1931
■ 優生学9(11) p8-15 「血液型と気質との相関問題」 丸山芳登 日本優生学協会 1932
■ 優生学10(12) p8-17 「血液型に依る心理学的個性類型説の批判(6)」 守安直孝 日本優生学協会 1933
■ 血液型と性格 第一版 大村政男 福村出版 1990
■ 「血液型と性格」の社会史 改訂第二版 松田薫 河出書房新社 1994
■ 血液型人間学 前川輝光 松籟社 1998
■ 科学朝日 No.393 p44-47 「血液型で人間が判別できるか?」 佐々木敏裕 朝日新聞社 1973
■ 北関東医学14 p303-309 「Bm型の家族例について」 古川研 北関東医学会 1964
■ 暮らしと健康40(8) p46-47 「性格と血液型の関係を型物質から見ると“関連なし”」 古川研
保健同人 1985
■ 社会のイメージの心理学 池田謙一 サイエンス社 1993
■ 現代のエスプリ No.324 「血液型と性格」 編集:詫摩武俊・佐藤達哉 至文堂 1994
■ ステレオタイプの社会心理学 上瀬由美子 サイエンス社 2002
■ 優生学の名のもとに ダニエル・J・ケヴルズ 訳:西俣総平 朝日新聞社 1993
■ ナチ・コネクション シュテファン・キュール 訳:麻生九美 明石書店 1999
■ 優生思想の歴史 スティーブン・トロンプレイ 訳:藤田真利子 明石書店 2000
■ 比較「優生学」史 編著:マーク・B・アダムズ 訳:佐藤雅彦 現代書館 1998
■ カイザー・ヴィルヘルム科学振興協会二十五年誌 第一巻 要覧 文部省専門学事務局 1942
■ カイザー・ヴィルヘルム科学振興協会二十五年誌 第ニ巻下 自然科学 文部省科学局 1943
■
A Teacher's Guide to the HOLOCAUST University of South Florida
■ 日本の優生学 鈴木善次 三共科学選書 1983
■ 民族衛生30(2) p31-33 「優生結婚相談所の思い出」 加用信憲 日本民族衛生協会 1964
■ 民族衛生60(増刊号) 日本民族衛生学会創立70周年記念号 p16-29
「遺伝学関連分野―U遺伝学関係の原著の年次推移」 大木秀一 日本民族衛生学会 2000
■ 優生学と人生 田中香涯 大鎧閣 1923
■ 応用優生学としての断種 青木延春 龍吟社 1938
■ 人間の価値 クリスチアン・プロス/ゲッツ・アリ 訳:林功一 風行社 1993
■ ナチス もう一つの大罪 小俣和一郎 人文書院 1995
■ 精神医学とナチズム 小俣和一郎 講談社 1997
■
Statement on race and racial prejudice UNESCO 1967
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Unesco's contribution to the struggle against racism, racial discrimination and apartheid UNESCO 1981
■ FIGHTING APARTHEID International Defence and Aid Fund for Southern Africa, UNESCO 1988
■ 山下清画集 編集:式場隆三郎 新潮社 1955
■ 山下清の秘密 篠原央憲 KKロングセラーズ 1981
■ DSM−WーTR(精神疾患の診断・統計マニュアル) アメリカ精神医学会 医学書院 2004
■ 異常心理学 G.C.デビソン+J.M.二ール 誠信書房 1998
■ 発達と障害を考える本 @自閉症のおともだち 内山登紀夫 ミネルヴァ書房 2006
■ 「多動性障害」児 榊原洋一 講談社 2000
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特別支援教育に関すること 文部科学省
■ 毎日新聞特集記事 <うちの子・発達障害?>
上:早く気づいていれば 2007年9月2日
中:偏見、受診の壁に 2007年9月9日
下:特性に合った対応を 2007年9月16日
■ 差別用語の基礎知識’92 高木正幸 土曜美術社 1992
■ 差別用語を見直す―マスコミ界・差別用語最前線 江上茂 花伝社 2007
■ 新版 日本の差別・世界の差別 村田恭雄 明石書店 2000
■ 人種差別 アルベール・メンミ 訳:菊池昌実・白井成雄 法政大学出版局 1994
= 取材協力 =
■ 社会福祉法人 春濤会 八幡学園
■ 東京盲人福祉協会
■ 地元の社会福祉協議会
■ アドバイスを頂いた方々
=皆様には知識を授けて頂きました=
■ 九州大学附属図書館
■ 大分大学附属図書館医学分館
■ 学習院大学図書館
■ 広島大学図書館
■ 防衛省防衛医科大学図書館
■ 国立国会図書館
■ 大阪府立図書館
■ 福岡市総合図書館
■ 福岡県立図書館
=貴重な文献を捜して頂き、深謝致します=
■ 暫定非営利活動邦人 血液型偏見差別研究センター ■